ガット弦について

いわゆるバロックヴァイオリンのようなピリオド楽器を始める時、重要な要素の一つが裸ガット弦です。
この弦は20世紀中頃まで当たり前のように使用されていましたが、金属弦や巻線の使用拡大によりモダン楽器の現場では基本的には使用されず、初めて弾いた時は発音の多彩さや音色に好感を覚える一方、嫌な雑味や扱いの難しさからピリオド楽器、古楽の第一印象があまり良くなくなることもあるかもしれません。
そこで私が提案したいのは、例えビギナーであっても弦は最高品質のものを選んで使用するということです。楽器や弓は高いレベルを求めればそれこそキリがありませんが、弦は比較的簡単に、あまりコストをかけずに日々の練習や演奏現場に取り入れることができます。
私はピリオド楽器を始めてもう10年ほど経ちますが、いろいろなメーカーのあらゆるゲージの弦を自分の楽器に張って演奏してみて、たどり着いたのがイタリアのアクィラAquilaと米国のガミュGamutです。E線とA線はアクィラ、D線とG線はガミュの弦を使用しています。私の師匠の内の何人かもアクィラを使用していますし、基本的には品質が高いのでレベルの高い演奏現場にも適していると言えるでしょう。

・ゲージについて
ガット弦には様々なゲージがあり、自分の楽器や好みに合ったゲージの弦を選ぶ必要があります。
歴史的にも例えばイタリア人は太い弦を、フランス人は細い弦を好む傾向があったり、4本の弦のテンションが同一になる(と感じる)ようにするイコールテンションか、低くなるにしたがってテンションを弱めるようにする傾斜テンションかなど様々なセッティングがあります。今日ではその他にも演奏する会場、ソロ、室内楽、オケなどの演奏環境、ピッチ、楽曲の時代、国や様式によっても適切なテンションを選ぶ必要があるかもしれません。しかし現場や曲が変わる度に弦を取り換えるのは弊害の方が大きいので、基準となるゲージを探り当てておくことが必要です。
ヴァイオリンの場合、A’=415HzのピッチであればE線をΦ0.60mmとするのが標準的とされることが多いです。初めてガット弦を使用する場合はまずはこのゲージを張ってみて、音が裏返るようならもう少し太いものを、音が鋭すぎたり詰まったような音がするならもう少し細いものを選んでみると良いでしょう。ちなみに店長はΦ0.62mmを基本に使用しています。
イコールテンションのセッティングにする場合、各弦のゲージはアクィラのページに記載されています。
https://aquilacorde.com/en/early-music-strings/baroque-violin/baroque-violin-setup-with-equal-feel-tension-profile-late-16th-17th-century/
これをE線=Φ0.60mmに当てはめると、他の弦も一段階細くして
A線 Φ0.85mm
D線 Φ1.16mm
G線 Φ1.60mm
とすれば良いでしょう。
歴史的なイコールテンションのセッティングについては研究者の間でも議論が行われているので、私もこの機会に勉強していこうと思っています。

・アクィラのWhole unsplit lamb gutとは
当店でも扱っているアクィラのWhole unsplit lamb gut(分割されていない子羊の腸)は、歴史的なイタリアのガット弦製法に基づいて近年生産され始めたシリーズです。
分割されていないとは何ぞや?と私も思いましたが、アクィラの公式ホームページの記事を読んで納得しました。
ごく簡単に説明すると、ヴァイオリンのE線のように細い弦を作るには本来子羊のような小さな動物の腸を使わねばならず、もう少し大きい動物の腸を使うためには弦をよるまえにガットを縦に割いて細くするのだそうです。しかしイタリアでは20世紀になるまでこの手法は詐欺とみなされ、これを行った業者には重い罰が科せられていました。
この記事では、このシリーズがどれほど歴史的な製法に準拠しているかを知ることができます。
https://aquilacorde.com/en/in-depth-information-lamb-gut/
興味があればこちらも読んでみて下さい。
https://aquilacorde.com/en/blog-en/early-music-blog/the-italian-unsplit-lamb-gut-string-making-method-story-of-a-rediscovery/
常に歴史的な製法を研究し高品質の製品を生産するため努力を続けているアクィラこだわりのWhole unsplit lamb gutシリーズ。まだ試したことのない方は是非お求めください。

・ヴァーニッシュ処理について
ヴァーニッシュ処理は20世紀になってから考案された仕上げ方法で、手汗などからガットを保護することで弦の耐久性を上げることができます。17、18世紀には存在しなかった弦であるため、より歴史的な演奏を追求するために使用を避けるという方もいますが、音色もさほど遜色なく、手汗が多い店長は割と好んで使用しています。
ヴァーニッシュ処理がなされていない弦を使用する際は、事前にオリーブオイルやココナッツオイルに2週間~1か月程度浸けてからご使用ください。張った後も時折オイルを塗ることをお勧めします。

・ガット弦を張ってみよう(ビギナー向け)
一般的なガット弦は端に結び目がなく、ヴァイオリンなら2本に分割できる長さ(アクィラの場合は120cm)で販売されています。上述のようにヴァーニッシュ処理がなければまずはオイル漬けした後に表面を拭きます。半分に切った後、一方の端をもやい結びにし、先端をライターなどの火で焼いて軽く焦がすことで抜けにくくします。途中で折れることのないようにテールピースに通し、テンションを増したい場合はもやい結びでできた輪に弦のもう一方を通してペグに巻き付けます。モダンの弦から初めて交換する場合は、駒とナットの溝が弦に合っているか確認してから張りましょう。
使用するうちに劣化する部分は大体決まっていて、ファーストポジション付近の指が当たる部分か弓の毛が当たる部分、もしくはテールピースに当たる部分です。少し劣化してきたと感じたら、弦を短くして当該部分をずらすか、逆向きに張ることで長持ちさせることができます。
ササクレができてきたら、指で引っ張らずニッパーや爪切りで根元から切断してください。